伊勢志摩の「あのり拍子」で自然や人について改めて考えた【Vol.2】

11月の終わりに三重県志摩市の端にあるちいさな港町「安乗」で行われたちいさな野外フェス「あのり拍子」にいってきました。

前回はあのり拍子の音楽を楽しんだ話で終わってしまったので、安乗で暮らしている人たちのお話をメインに書いていきます。
それでは行ってみましょう!

伊勢志摩の海女漁

あのり拍子が普通の野外フェスと大きく違っていたのは、音楽や食などのエンタメだけではなく、地元で働く方々や地域の伝統芸能もフェスのコンテンツに含まれていたことです。

オープニングでは安乗神社の祈祷。

安乗神社の神主さんによる祈祷
安乗神社の宮司による祈祷

また、伊勢志摩で海女漁を営む海女さんたちによるトークショーも行われました。
今回、この「あのり拍子」に行ったことで、初めて海女漁という仕事をしている人たちのお話を聞くことができたことは、とてもいい経験でした。

あのり拍子が行われた伊勢志摩地域には、約1,000人の海女さんが素潜りで海に入り、あわび、さざえ、ウニなどの貝類や、ひじき、あらめ、てんぐさなどの海藻をとっているそうです。

素潜りで漁をするって、普段なじみのないぼくにとっては想像のつかないことです。
いま住んでいる山口では、海女というキーワードを聞くことがないので少し調べてみました。

「海女」とは一般に、海に潜って貝や海藻などを採る職業の女性のことです。海女は、獲物が採れる場所などを選り抜く目を持っています。

三重県より引用

現在は、女性だけではなく男性もいるようで、あのり拍子でお話をしてくれた海女さんの中でも男性の方も一緒に海女の現状を話してくれていました。

古くは縄文時代の遺跡からあわびの貝殻が出土されていたりしたので、素潜り漁があったのでないかとされていて、海女の歴史は3,000〜5,000年といわれ、独自の風習、神事が残っているほど歴史の古い漁のようです。

現在では海女さんが、全国に約2,000人、そのうち約半分は鳥羽市と伊勢市にいるそうです。
この数字が多いのか少ないのかピンとこなかったのですが、昭和53年には全国で約9,100人いた海女さんが、2007年には約2,000人にまで減少。

いまぼくが住んでいる山口市も海は近いのですが、海女漁という言葉を聞かないのは、こういった減少の影響ももしかしたらあるのかもしれませんね。(山口では長門市で現在も海女漁が行われている地域があるそうです。)

安乗の海の人魚たち

あのりの海女さんたち
楽しそうに海の話をするあのりの海女さんたち

あのり拍子では、お昼の部と夜の部の2回に分けて海女さんによるトークショーが行われました。
前編となるお昼は「海女の魅力」、後編となる夜は「海女の想い」という内容でした。
お話してくれたのは、安乗、志島の海女、海士の皆さんです。

お昼の部も夜の部もみなさんすごく楽しそうに海について、海女についてお話をされていて、本当に海女という仕事、海が好きなんだなぁということがすごく伝わってくる暖かい雰囲気でした。

老若男女、いろいろな世代、性別の海女さんだったのですが、皆さん本当に海女と言う仕事に誇りを持ってらっしゃって、「身体が動く限りは海に潜ることを続けていきたい」とおっしゃっていました。
また、素潜りだからこそ感じる海の中の生き物の様子、毎日の海の変化など、海と長く付き合っているから海女さんの貴重な体験談を聞かせていただきました。(あわびの恩返しというロマンを感じる話もありました笑)

もちろん楽しい話ばかりではなく、他の海女さんと比べて落ち込んでしまうことや、漁がうまくいかないこともあるそうなのですが、海女さんは「一生の仕事だと思ってみんな仕事をしている」と、いいときも悪いときも海女という仕事に誇りを持ってお仕事をされているということをすごく感じました。

何より海女さんたちは、一つの生き物の話を海女さん同士で何時間もできるくらい海の生き物が好きと話されていて、報酬やステータスももちろん大事だけど、最後はなんだかんだ海や海の生き物が好きという話になっていたのがなんだかすごくかわいく感じました。
結局、最後は好きに勝るものはないんだなぁ

海の変化から感じる危機感

何十年もの長い間、毎日海と生活を共にしてきたあのりの海女さん。
ここ何年かで海の中がどんどんと変わってきているということもおっしゃっていました。

具体的には、

  • 温暖化による浜の減少
  • 海温上昇による生態系の変化
  • 海藻の弱体化

などを挙げられていました。

まず、温暖化によって海水が増えたことで、浜が少なくなったこと。
昔は砂浜があちこちにあったそうなのですが、ここ最近はかなり砂浜が減少しているそうです。
普段ぼくたちは、砂浜といえば整備された海水浴場をイメージすると思いますが、現実には温暖化の影響で砂浜がなくなってしまうくらい目に見えて変化してきていると…

温暖化ということはもちろん海水の温度も変化しているようで、海の中の生態系にも変化があるそうです。
海水の温度が暖かくなってきて、海の中の生き物の種類が少なくなってきていること、昔はアワビなどは殻に対して丸々と太っていたけど、今のアワビは殻に対してすごく小さい、アワビによってはなんとか生きているというくらい小さな身の物もあるそうです…

また、素潜りで漁を行う海女さんは、海中での体重移動の際に海底の海藻を持って移動することがあるそうなのでうすが、近年の海藻は根が弱く、移動の際に海藻が抜けてしまうことも多いそうです。

普段は想像もしませんでしたが、ぼくたちが暮らす近代的で便利な生活の裏には、環境の変化によって衰退する生態系があり、豊かな自然が失われていっている現実があるということを突きつけられたような気がしました。

伊勢志摩、安乗に暮らす海女さんは、魚介類を収穫しすぎないように、基準以下の小さなアワビは獲らないなど、自然と共存しつつ、来年、再来年、長い目で見ると次の世代を見据えて海女漁に従事されているということがすごく伝わってくるトークショーでした。

以前、福岡に住んでいる時に仕事で博多湾や福岡の海について小学生たちと学ぶ機会があったのですが、そのときのことをすごく思い出しました。
海は、川から流れてきたものが行き着く先です。
博多湾では、海に流れ着くゴミのほとんどが川から流れてきたものだそうで、志摩の海女さんも同じように普段生活していく中で、川の事も気にして欲しいとおっしゃっていました。

普段は意識することがないようなことですが、ぼくらが生活する中で自然や環境のことをすこしでも意識して生活することで、ぼくらのこどもたちの世代、その先の世代の人たちが豊かな生活を送れるようにバトンをつないでいくことはこれからすごく大切にしなければならないことの一つだと感じました。

あのりでいただいた自然の恵み

志摩の暮らし食堂
あのり拍子のフードブース「志摩の暮らし食堂」

伊勢志摩、あのりの文化にたくさん触れながら、あのり拍子に出店されていた「志摩の暮らし食堂」で、しっかりちゃっかり食も存分に楽しみました。笑

ここでもまた印象的だったのは、地元のお母さん世代若い世代まで幅広い世代の年代の方たちが志摩の食材を使った料理を提供してくれていたことです。
野外フェスだと外から来たイケてる感じの飲食店がおしゃれな食事を出していることが多いイメージでしたが、地場に暮らしている人たちが地場の物を使って料理を提供してくれていることもすごくグッと来ました。笑

志摩の暮らし食堂のごはん
志摩の名物のごはん

三重の名物「てこね寿司」、ご当地バーガー「勝っお(鰹)ばーがぁー」や夜はおでんなどなど、丸々一日いたので、昼も夜も伊勢志摩の食を堪能できました。
どれもすごくおいしかったです!

終わった後にも感じた人のあたたかさ

あのり拍子が終わった翌日、夫婦二人で余韻に浸りながら、Instagramにこんな投稿をしました。

この投稿を見てくださったあのり拍子のスタッフさんの一人がわざわざDMをくださって、びっくりもしたのですが、すごくうれしかったです。
「あのり拍子」というイベントだったからこそできる人とのふれあいだったんだろうなぁとほっこりとあたたかい気持ちになりました。

今回、「あのり拍子」に行くことになったきっかけは冥丁さんの出演だったのですが、自分たちで足を運んだことで伊勢志摩、あのりの文化に触れることができ、あたたかい人との交流を楽しめました。

初めて行った土地でこんな素敵な経験ができたことがすごくうれしいです。
改めて、あのりの人々、こんな素敵な野外フェスを開催してくださった運営スタッフのみなさん、素敵な空間と時間を作ってくださって本当にありがとうございました!

ぼくたちが住む山口でも、こういう地場の文化を尊重した、地元の人も外の人も楽しめるイベントがあればいいなぁと心から思います。

この記事を書いた人

Takashi

山口県下関市出身。
フリーランスのデザイナーとして活動しています。
写真を撮るのが好きです。
2022年3月に山口市に移住してきました。
移住に関することや自分たちのライフスタイルなどを備忘録として残していきたいと思います。